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東京地方裁判所 昭和51年(刑わ)3326号 判決 1979年2月09日

主文

被告人を懲役六月に処する。

この裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中鑑定人中島隆之及び証人中島隆之に支給した分を除くその余の分を被告人の負担とする。

理由

(本件犯行の背景事情)

被告人は、株式会社浜田精機鉄工所(以下「浜田精機」と略称する。)浦和工場の従業員であつて、同社浦和工場の従業員の一部約一一〇名をもつて組織する総評全国金属労働組合(以下「全金」と略称する。)埼玉地方本部浜田精機支部(委員長荒川敏男)(以下「浜田浦和労組」と略称する。)の副委員長を勤めるとともに、同社東京工場及び柏工場の従業員の一部約二三〇名をもつて組織する全金東京地方本部浜田精機支部(委員長菊地耕作)(以下「浜田東京労組」と略称する。)と前記浜田浦和労組をもつて組織する全金浜田支部連合会(中央執行委員長菊地耕作)(以下「浜田労組」と略称する。)の執行委員をも兼ねているものである。

ところで、浜田精機は、東京都千代田区鍛治町一丁目一〇番四号に本社を置き、東京、浦和、柏等に工場等を有し、印刷機械等の製造販売等を業とする資本金一億円の会社であつて、印刷機製造業界では上位を占める中堅企業であつたが、昭和三五年ころから、貿易自由化により外国印刷機が輸入され、印刷機市場に進出するようになつたうえ、昭和三六年ころから大手企業である三菱重工業株式会社(以下「三菱重工」と略称する。)が新たに印刷機の製造に乗り出し、長期の割賦販売等によつて市場を侵食するに至つたため、中小企業で占めていた印刷機製造業界はその影響を蒙り、業績不振から倒産するものが相次ぎ、浜田精機も、製品の陳腐化、受注の減少、在庫品の増加、長期間の割賦販売による資金梗塞、遊休資産管理の負担、労務管理の不手際等により次第に経営状態が悪化し、昭和四六年一〇月一八日東京地方裁判所に会社更生手続開始の申立をし、同年一一月一〇日会社更生手続開始の決定があり、金子吉五郎が管財人に選任され、更生手続が進められた。その後、金子管財人は浜田労組に協力を求め、一時は受注、売上も上昇したが、事業計画の柱とされた東京工場の敷地の売却がいわゆる金融引締め、オイルシヨツクの影響を受けて頓座したうえ、賃金問題等に絡んで労使の対立が激化し、浜田労組が昭和四九年四月以降時限ストライキ、入出荷拒否闘争の手段に訴えるに至つて営業活動が事実上中断したため、管財人の企図した再建計画に重大な支障を来たしたばかりでなく、これまで融資に応じていた同社のメインバンクである株式会社三菱銀行(以下「三菱銀行」と略称する。)及び株式会社第一勧業銀行がこのような浜田精機の状況を知つて、その再建を危惧し、同社に対する融資を同月以降手控えるに至つたため、管財人金子吉五郎はもはや同社の事業を継続するための更生計画立案は困難であるとして、同年六月二〇日東京地方裁判所に対し清算を内容とする更生計画立案許可申請をし、同年七月浜田精機従業員に対し解雇の通告をなし、東京地方裁判所は同年七月二五日、更生の見込がないことが明らかになつたものとして職権で更生手続を廃止し、更に同年一二月一六日職権で破産宣告をなし、破産管財人渡邊修が選任されて現在破産手続が進行中である。

これより先の昭和四八年一二月、浜田精機は、従業員に対する年末一時金の支給にあたつてその源資に窮し、浜田労組と話し合い、浜田労組が東京労働金庫亀戸支店から一億円の融資を受け、同金庫に対する弁済は浜田精機においてなす約の下に、浜田労組から右一億円を借入れ、その債務の支払のため浜田精機振出の約束手形六通(額面合計一億円。受取人浜田東京労組。支払期日昭和四九年一月以降各月末((但し、同年六月分については同月二九日))。支払場所三菱銀行本所支店)を同金庫に差し入れ、同年三月までの支払期日の約束手形三通によつて担保されていた分の債務はこれを支払つたものの、同年四月分及び五月分の弁済分については前記のような事情から資金に窮し、弁済期を伸長してもらい、支払期日を同年六月二九日とする書換手形二通を東京労働金庫に差し入れていたところ、同日東京労働金庫は、これら残余の約束手形三通について浜田精機から任意の支払がなされないため、浜田精機及び浜田労組の了解を得たうえで右約束手形三通(額面合計五〇〇二万円)を三菱銀行本所支店に交換呈示した。しかし、当時同支店の浜田精機の口座には支払資金がなかつたため、三菱銀行本所支店長佐々木栄助はこのまま不渡りとしたのでは浜田精機の破綻は必至であると考え、その事態を避けるため、自ら東京労働金庫亀戸支店長坂本雅彦に電話をかけ、その旨を伝えて右約束手形の依頼返却方を要請し、同人もこれを了承して、同年七月一日右約束手形三通は依頼返却手続により東京労働金庫に返戻されるに至つた。そのため浜田精機は不渡り処分を免れたが、東京労働金庫からの書換手形の交付要求に応ぜず、その返済もしなかつたため、右約束手形によつて担保されていた東京労働金庫の浜田労組への融資残高五〇〇二万円は結局弁済がなされず、浜田労組は右債務を負担したままとなつた。

その間、浜田労組では、浜田精機の再建は三菱銀行の融資によるほかはないとの判断の下に、同年六月一八日以降浜田労組中央執行委員長菊地耕作ら同労組幹部が、上部組織の幹部らとともに三菱銀行本部を訪れ、浜田精機への融資を要請していたが、前記更生手続廃止決定がなされたころからは、前記約束手形依頼返却の件に関し、これは三菱銀行が東京労働金庫に対し前記三通の約束手形に代わる書換手形を交付すると約束して依頼返却を懇請しておきながら書換の手形を交付しないものであると一方的に主張して攻撃するとともに、この件について三菱銀行、東京労働金庫、浜田精機、浜田労組の四者会談を開催すること及び浜田精機再建への協力方を執拗に要求し、同年一〇月には、浜田労組、支援の労働組合、政党、労働組合員らをもつて「全金浜田精機支部支援共闘会議」を設立し、浜田精機を倒産に追い込み、浜田労組組合員らを失職するに至らしめたのは、三菱資本、就中、三菱重工及び三菱銀行であるとして、その闘争目標を三菱銀行と定め、その責任追及と抗議のための行動を起こすことを決定し、右支援共闘会議の支援の下に昭和五〇年一〇月一七日までの間約一〇回にわたり一〇〇名から時には数百名に及ぶ浜田労組組合員、支援の労働組合員らが三菱銀行本部、本店に押しかけ、担当者との交渉を求めるとともに、店内外にビラを貼つたり、店内でハンドマイクを用いて抗議の演説をするなどの抗議行動をする一方、三菱銀行本所支店へも同年六月一三日以降同年八月一日までの間四回にわたり、浜田東京労組書記長吉田貞夫ら数名が訪れ、同支店次長斎藤弘らと会見して三菱銀行本部に対するのと同様の要求をし、同年六月一六日及び同年七月二一日の会見の際には銀行側が右要求を拒絶したのに対し、要求に応じなければ組合の組織を挙げて三菱銀行本、支店を攻撃する旨通告し、同年一二月一四日及び一五日の両日、中里忠仁全金中央本部副委員長をはじめ浜田労組や前記支援共闘会議の幹部らが出席して「全金浜田精機支部対策会議」を開催し、その席上「独占の横暴を糾弾する闘い」として三菱銀行に対して継続して、その責任追及と抗議のための行動を展開する方針を定め、その一環として三菱銀行本所支店に組合の口座を設け、浜田労組及び前記支援共闘会議の構成員らにより「一円支援カンパ活動」として毎月末ころに右口座に小額の振込を行なう方針を決定し、右方針に従い、同月二六日三菱銀行本所支店に「全国金属労働組合浜田精機支部代表菊地耕作」名義の普通預金口座を設けたうえ、昭和五一年一月三〇日には、浜田労組菊地耕作中央執行委員長ら約一五〇名の労働組合員らが、同年二月二七日には、前記菊地耕作ら約一二〇名の労働組合員らが、同年三月三〇日には、前記菊地耕作ら約八〇名の労働組合員らが、同年四月二八日には、浜田東京労組吉田貞夫書記長ら約七〇名の労働組合員らがそれぞれ三菱銀行本所支店に押しかけ、代表者が銀行側と交渉する一方、多数の労働組合員らが前記浜田労組代表菊地耕作名義の預金口座に合計三三三件(振込額九〇九円)の振込をしたほか、普通預金口座の新規開設合計五八件(預金額四九二円)、同預金からの現金払戻合計一五件(払戻額三四円)、預金の解約二件などをなした。

他方、三菱銀行本所支店においては、このような振込活動により一般客に対する営業活動に支障を来たすため、同年二月二七日以降、振込活動当日は労働組合員らの振込受付に専従する特設窓口を設けるなどの対応策をとり、更に、同年四月二八日の振込活動の後は、三菱銀行本部と対応策を検討するなどしたうえ、爾後の振込活動に対しては、特設窓口における振込依頼書用紙の交付を一人一回一枚に制限するとともに、新規の預金口座開設申込に対しては、新規開設のうえ、直ちに払い戻しをしたり、解約したりする例があることなどの従前の経緯に鑑み、これを正常な銀行取引に該当しないものとしてその申込を拒絶する方針を決め、また、窓口業務はすべて男子行員が担当し、本来窓口業務にあたる女子行員は後方事務に従事させること、店内の警備は本来の受付案内係のほか貸付係、業務係等の男子行員を動員してこれに当て、本部からも応援を求めることを決定し、更に文書で本所警察署に対し、浜田労組組合員らによる口座振込活動の際の警備官派出の要請を行つた。

このような情勢の中で、被告人ら浜田労組組合員及び支援の労働組合員ら約九〇名は、昭和五一年六月二三日、午後二時ころ前記支援共闘会議の指示、呼びかけに応じ、三菱銀行本所支店前に集り、被告人らその殆んどの者が「三菱は責任をとれ」「独占の企業閉鎖全員解雇反対」「全金浜田精機支部」と染め抜いたゼツケン(昭和五二年押第一一五号の15は被告人が着用したゼツケンである。)を着用し、振込要領を記載したビラ(前同押号の18はこれと同種のものである。)の配布を受け、浜田東京労組書記長吉田貞夫が振込カンパ活動に協力を依頼する旨をハンドマイクを用いて挨拶した後、同日午後二時八分ころ一斉に同支店内に入つた。

(罪となる事実)

被告人は、約九〇名の浜田労組組合員及び支援の労働組合員らと共謀のうえ、三菱銀行に対する責任追及と抗議のため、口座振込等の銀行取引に仮託して、三菱銀行本所支店内に集団で滞留し、同店内を喧騒に陥れるなどして同支店の正常な銀行業務の遂行を妨害しようと企て、昭和五一年六月二三日午後二時八分ころから午後三時五分ころまでの間、東京都墨田区両国四丁目三〇番一二号所在三菱銀行本所支店一階ロビーに、右約九〇名の労働組合員らとともに、前記「三菱は責任をとれ」等と書いたゼツケンを着用して滞留し、前記「全国金属労働組合浜田精機支部代表菊地耕作」名義の普通預金口座のほか、同銀行深川支店ほか四支店に開設してある川井敏正名義の普通預金口座等に一人数回にわたり一件の振込金額一円ないし一〇円ずつ合計二四二件三五二円の振込をなし、その間、同支店ロビーにおいて、振込依頼書用紙の交付、受付等の業務に従事していた同支店営業課課長代理永井信太郎ら同支店係員らの制止に従わず、同係員らに対し、こもごも「ガタガタ言わないで早く出せ。」「六枚よこせ。」「我々は客だぞ。」等と大声で怒鳴つたり、カウンターを手で叩いたり、あるいは、普通預金口座の新規開設を求めて同銀行係員に大声で詰め寄つたり、ハンドマイクを用いて大声で同銀行に対する抗議や演説をしたり、店内の警備、採証活動に従事していた警察官を発見するやこれを取り囲んで「銀行はポリ公を雇つているのか。」等と怒鳴つたり、更に、銀行の営業時間終了後も退去するようにとの銀行側の要請を無視して店内で集会を開くなどして、同支店内を喧騒に陥れ、同支店の正常な銀行業務の遂行を困難ならしめ、もつて威力を用いて同支店の銀行業務を妨害したものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人らの主張に対する判断)

一弁護人らは、本件当日三菱銀行本所支店に赴いた被告人ら労働組合員らは、資金カンパとして指定された口座に少額の金員を振込もうという意思は共通に有していたが、店内を喧騒に陥れるなど銀行の業務を妨害する意思はなく、その業務を妨害するような怒号その他の喧騒な行為もしていないし、偶々、銀行員や警察官の不当な挑発に怒り声を上げて抗議した者はあつたが、それは不当な挑発行為をきつかけとして起きた正当かつ自然な抗議であるうえ、偶発的事態であり、労働組合員らの間に店内を喧騒ならしめようとの意思の連絡もなかつたから共謀もなく、かつ、銀行業務を妨害した事実もない旨主張する。

しかしながら、本件は、判示のとおり、被告人ら約九〇名の労働組合員らが本件当日、判示支援共闘会議の呼びかけに応じて三菱銀行に対する責任追及と抗議の意思を表明するため本件振込活動に集り、多くの者が三菱銀行に対する抗議の文言を記載した判示ゼツケンを着用し、同銀行本所支店前に集結して集会をしたうえ、同日午後二時八分ころ判示ゼツケンを着用したまま一団となつて同店内に入り、同日午後三時五分ころまで約一時間にわたり同店ロビーに滞留し、当日配布された判示ビラに記載された振込要領に従つて合計二四二件の小額の振込をしたものであり、前掲証拠によると、その間、本所支店ロビーに蝟集した労働組合員らは、同日午後二時八分ころから十数分間にわたり口々に振込依頼書用紙の交付を要求し、その際、判示永井営業課長代理が一人一枚宛交付する旨説明し、なおも多数の交付を要求する者に対して「書いてください。すぐ差し上げますから。」「うしろの方にお渡しできません。下がつて書いてください。」と言うのに対し、多数の者が「何だその言い方は。」「何だ、おめえ、お客さんに一々指図するのか。」「面倒臭いよ、こんなの。六回も来るの。」「何枚も書いちやいけないのかよ。」「一々お客に向つて書いたか書かないか聞くのか。」などと大声を発したり、激しい口調で詰め寄つたりし、更に、ハンドマイクを持つた労働組合員はマイクで「銀行は能書を言うな。」などと怒鳴つたり、同支店総務課長平井道雄が店内放送をもつて、静かにするように呼びかけるや、それに対抗するかのように殊更に大声を発するなどして、同店内を騒然とさせたこと、殊に、被告人は、午後二時一〇分前後の数分間(検察事務官作成の昭和五三年六月二一日付報告書添付の写真帳(2)の番号一一五乃至三二七)及び午後二時二〇分前後の数分間(検察事務官作成の同年五月一〇日付報告書添付の写真帳(1)の番号六三九乃至一一一三)、黒つぽいシヤツ様の衣服及び判示ゼツケンを着用した姿で特設窓口前に陣取り、前記永井らカウンター内部の銀行員及びカウンターの外で警備に従事していた銀行員に対し、「ガタガタ言わず早くよこせよ。」「早くよこしなつてんだ、てめえ、この野郎。」「一円預金をするからよこせつてんだよ。こつちはお客だぞ。よこせつてんだよ。」などと大声で口汚く罵り、永井が「静かにしてください。」と制止したにもかかわらず「何回やろうとこつちの勝手だよ、こつちの。」「早くよこしなよ。」「早く出せつてんだよ。」「ふざけた言い方するんじやないよ。」等と言つて激しく詰め寄り、その際、数回手でカウンターを叩くなどしたこと(弁護人らは、鑑定人中島隆之作成の鑑定書及び証人中島隆之の当公判廷における供述を援用して、本件当日の本所支店内の状況を撮影したビデオテープ((昭和五二年押第一一五号の16))に収録された音のうち、カウンターを叩いた音である可能性があるのは、同鑑定書に言う5M55S,7M42S,0M30S,8M51Sのみであるところ、5M55S以外の音は人の声とは無関係に存在するし、また、ビデオテープにも一六ミリフイルムにもカウンターを叩く動作は写つていないから、これらの音はスタンプ音の可能性が大であつて被告人がカウンターを叩いた事実はないと主張するけれども、右鑑定書及び右中島の供述によれば、同鑑定においては、技術面の制約上、信号対雑音比が二対一以上の音だけを検討の対象としたものであつて、ビデオテープの画面と録音とを対照してカウンターを叩いた可能性のある音をすべて拾い出したものではないことが認められるから、弁護人ら指摘の各音以外にカウンターを叩いた音がないとは言えず、前記ビデオテープを仔細に検討すると、前述のとおり、被告人がカウンターを叩く動作とその音とを確認することができ、少なくとも、前記7M42Sは被告人がカウンターを叩いた音と認められる。)、また、同日午後二時三五分すぎころ、特設窓口付近で、前記永井が、普通預金口座の新規開設を申出た労働組合員に対し、「皆様の預金口座はお作りできないことになつています。」と答えたところ、数名の労働組合員らは「何言つてんだよ。皆さんのつて、浜田の預金口座じやなくて自分の預金口座を作りたいつて言つてんだよ。何でだめなの。一円じやねえよ。」「なんでだめなの。普通預金作らせねえのかよ。なんでだめなの。」「そんな馬鹿なわけねえじやないか。」「おれは是非三菱に作りたいんだよ。」「こういうことあるのかよ。」などと大声を発して詰めより、その周辺にいた労働組合員らもこれに加わつて口々に抗議の言葉を発し、同店内を騒然とさせたこと、更に、同日午後三時ころ、銀行側が、退去を求める旨記載した垂れ幕を下ろしたうえ、前記平井総務課長が営業時間が終了したので速やかに退去されたい旨の店内放送を行つたが、被告人ら約九〇名の労働組合員らはこれを無視して依然、同店内ロビーに滞留し、浜田東京労組吉田貞夫書記長がハンドマイクを用いて「皆さん大変有難うございました。……活動についてはこれで終了したいと思います。今日ここに来たのは三菱銀行が浜田を計画的に取り潰し労働者の五〇〇〇万円を搾取した、こういうことに対する抗議でやつてきました。三菱銀行はぐずぐず言わずに速やかに労働者のため五〇〇〇万円を返してもらいたい。このように考えます。たいへん……有難うございました。これで解散したいと思います。たいへん有難うございました。ご協力を重ねてお礼申し上げます。これで解散をしますので出ていただくようお願いをします。」と挨拶し(これが単に労働組合員に退去を促したものでないことは、右発言内容に照らし明らかである。)、これに対し労働組合員らは拍手をもつて答え、同店内を騒然とさせたこと、この前後同店内にいた私服警察官筋田英三がこれらの状況を採証するためフラツシユを用いて写真撮影を始めたところ、被告人ら数名の労働組合員が、大声で怒鳴りながら筋田に詰めよるなどして同店内を騒然とさせたことが認められ、これら喧騒状態は、通常の銀行店頭業務に必然的に伴う喧騒の程度を遙かに越えるものと認められ(右銀行員らが振込依頼書用紙の交付を一人一枚に制限したり、預金口座の新規開設を拒否したりした経緯は先に認定したとおりであつて、それが被告人ら本件行動参加者を挑発するためになされたものでないことは明らかであり、右銀行員らの応待が挑発的であつたとも認められないし、また、本件警察官らの本件写真撮影にしても被告人らの違法行動を採証するためになされたものであつて、何等違法ではないばかりでなく、被告人ら本件行動参加者を挑発するためになされたものとは認められず、被告人らによる前記喧騒行為が、右銀行員や警察官に挑発された正当かつ自然な抗議であるとは到底認め難い。)、被告人らによる本件行為は、その参加人員、これらの者の言動、ぜツケン着用の状況等その滞留の状況、その時間、同店ロビーの状況その他四囲の状況からみて、人の自由意思を制圧するに足るものと認められ、刑法二三四条の「威力」に該当するものといわざるを得ない。

また、本件振込活動は、判示のとおり、前記支援共闘会議が、三菱銀行に対する責任追及及び抗議行動の一環として企図したものであり、九〇名もの多数が三菱銀行に対する抗議のゼツケンを着用し、一団となつて押しかけ、喧騒行為に及んでいること、そして、同一口座(浜田労組)や、同一人(川井敏正)の五支店の口座にそれぞれ一円ないし一〇円の小額の振込みを複数回にわたり行ない(特に、被告人名義では、深川、亀戸、小松川、三ノ輪の各支店の川井敏正の各口座に、それぞれ一円宛二件(計八件)、千住支店の同人名義の口座には、一円宛三件、三円一件、五円一件(計五件)の振込をしている。)、中には、「三菱関連争議団共闘」「三菱首切反対同盟」「身潰し野郎」など三菱銀行に対するいやがらせとしか考えられないような仮名を用いたりしていることなどからすれば、振込カンパ活動と称する本件行為は、支援資金のカンパを主たる目的とするものではなく、銀行取引に仮託し、集団の威力をもつて、銀行の正常な業務の遂行を阻害する目的に出たものと認めざるを得ない。そして、本件行動参加者らは、前記支援共闘会議の指示、呼びかけに応じて参集したものであり、前記のとおり一団となつて行動し、多数の者は自ら喧騒行為に出、自ら喧騒行為に出なかつた者にしても、前記喧騒状態に際し、これを制止したり、あるいは、これを意外とした形跡も認められないのであつて、本件行動参加者らが、本件行動が右認定のごとき目的のもとになされることを十分了知し、喧騒行為等に及ぶことをも予期していたものと推認するに難くなく、本件行為につき意思の連絡を有していたものと認めるに十分である。

なお、威力業務妨害罪は危険犯であるから、同罪が成立するためには、業務妨害のおそれがあれば足り、業務妨害の結果の発生はこれを要しないものと解せられるところ、本件行為は、銀行の店頭業務の遂行を著しく阻害するおそれあるものと認められるから、これによつて業務が現実に妨害されたか否かにかかわりなく、威力業務妨害罪の成立は免れないのみならず、前掲証拠によれば、本件行動の際、同支店を訪れた一般客が、本件行動による同支店内の異常な状態に銀行取引を躊躇し、あるいは断念したことが認められるのであつて、少くとも、これら一般客との銀行取引業務が現実に妨害されたことは明らかであり、いずれにしても、同罪の成立を免れることはできない。

以上の次第で、弁護人らの右主張は理由がない。

二弁護人らは、浜田精機の倒産は、三菱資本、就中、三菱重工と三菱銀行が浜田精機の背後にあつて惹起したものであり、三菱資本が被告人ら浜田労組組合員の形式上の雇主たる浜田精機を支配している者であるから、それに対する責任追及の行為は、労働者の団結権、団体交渉権の行使として正当な行為である旨主張する。

しかしながら、前掲証拠によれば、三菱銀行は、浜田精機に対する会社更生法適用の前後を通じて同社に多額の融資を行つていたが、その融資額は第一勧業銀行とほぼ同額であることが認められ、特に三菱銀行が浜田精機を資金の面で排他的に支配していたとか、同銀行が通常の銀行取引の範囲を超えて浜田精機の経営に容喙していたとか、あるいは、同銀行が浜田精機の株式を多数所有していたとか(会社更生手続開始申立の時点において浜田精機の総発行株式数は二百万株であり、うち五万株以上を所有するいわゆる大株主は一四名であり、これに三菱銀行は含まれない。)の事実は認められないのであつて、以上の事実に徴すれば、三菱銀行は、浜田精機に対しては単なる債権者ないしは取引銀行の地位にとどまるに過ぎず、被告人ら浜田労組組合員に対する関係でも、形式的にも実質的にも使用者の地位に立つものでないことが明らかであるから、弁護人らのこの主張はその前提において失当であつて採用することができない。

三弁護人らは、本件の動機、目的は、三菱資本が市場支配の意図及び反労働者的意図をもつて浜田精機を潰し、労働者を職場から追い出した暴挙に対して、支援の労働者と連帯して抗議することにより、三菱資本をしてその社会的責任を自覚させたうえ、これを完全に果たせることにあつたのであり、その動機、目的において正当であるし、振込、預貯金はその金額の多寡を問わず市民に広く開かれた銀行業務であり、市民の立場から見れば市民法上の自由であるから、それを集団的、組織的に行つたからと言つて、あるいは仮名で行つたからと言つて犯罪となるものではなく、また、元来銀行のロビーは銀行業務を利用する不特定多数の来客が予想される所であつて、その集合離散に伴い、ある程度の喧騒が生ずることは銀行の店頭業務に本来的に付随した現象であつて、銀行はこれを許容し受忍すべきものであり、被告人らの本件所為は、その手段においても正当であつて、社会的に何ら非難されるべき行為ではないから可罰的違法性はない旨主張する。

しかしながら、三菱銀行と浜田精機及び浜田労組との関係は前記認定のとおりであつて、このような立場にある三菱銀行に対し、浜田精機の倒産等の責任を追及し、集団の威を示しつつ銀行取引に仮託して銀行業務を阻害し、同銀行を屈服させようという動機目的それ自体もおよそ正当とは言い難く、その方法においても許容し得る限度を越えるものと認められるから、可罰的違法性がないということはできず、弁護人のこの主張も理由がない。<以下、省略>

(小野幹雄 平良木登規男 川合昌幸)

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